A1:現行の国民保護法の欠陥について、まず今回は「緊急事態とは何か」という定義の問題について説明します。
国民保護法では、自然災害や原発事故などが緊急事態として明確に示されていません。「武力攻撃事態等」のなかに含まれているとの解釈もありますが、3.11東日本大震災において菅前総理が「国民保護法」の適用をしなかったのは、正式名称「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」という法律名にも、条文にも、「災害」と明記されていなかったからでした。
また、「乱にあって別の乱を忘れるな」という言葉がある通り、大震災の時こそが他国からの武力攻撃などを受ける危険性が最も高まるときです。そのため、震災やテロ、武力攻撃などが同時に起きても国が総合的・統括的に対処できるようにするため、「緊急事態」が何を指すのかの定義が非常に重要になります。
緊急事態基本法案では「緊急事態」の定義を、①外国からの侵略やテロ②騒乱などの有事③大きな自然災害④原子力発電所の臨界事故など、国家の独立と安全における危機や、国民の生命・財産が脅かされる重大で切迫した事態としています。
特に近年では、世界的にも自然災害や大事故、感染症の拡大といった様々な危機が発生しており、多様な危機に国家が直面している状態(マルチハザード)に対処できる総合的な安全体制の構築が急がれています。
A2:Q1では定義の問題について説明しましたが今回は内閣総理大臣の権限強化について説明します。 まず現行法では、緊急事態の対処に当たる国とは内閣を指しており、総理一人を指しているのではありません。「内閣」の意思決定は合議制によるため、総理が何らかの措置を行おうとしても大臣が反対すれば何もできません。ですから内閣の意思決定には調整のための時間がかかる場合もあるのです。緊急事態においては一刻の猶予も許されない状況が起こり得るのであり、この問題を解決しなければなりません。
さらに現状では、国は避難指示や避難勧告を出すことはできますが、具体的な避難措置は自治体が判断して行うことになっています。自治体の長の権限が強く、国の判断は必ずしも即座に末端まで届くわけではないのです。また東海大地震や首都圏直下型地震などが起きれば、そこに含まれる自治体が壊滅状態に陥ることも十分に考えられます。そうなれば国は必要な措置を講じることができません。現行法ではこうした事態を想定していないのです。
緊急事態宣言が発令された際には総理に情報と権限を集中させて、迅速かつ的確な措置を行えるような体制を整えることが必要です。そのため総理が、行政機関の長を直接に指揮監督することができるとともに、地方公共団体の長に対しても必要な指示をすることができるようにすることが必要です。
A3:現行の国民保護法においても、緊急事態において医者や看護婦に医療の提供を命じるなど、国民に何らかの義務を課す場合、「その制限は当該国民の保護のための措置を実施するための必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手段のもとに行われる」とあります。緊急事態基本法においてもこれは同様であって、緊急事態宣言が発令されても、権力の濫用をもたらすようなことにはなりません。
さらに国が緊急事態を宣言するためには、その開始と終了において国会が関与しなければならず、総理や政府が独断的に行動することはできないようになっています。
憲法との整合性については、日本国憲法の12条には公共の福祉について、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、(省略)国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とあります。つまり、緊急事態において国民の私権が必要な範囲内で制限されることは、憲法に明記されている「公共の福祉」に基づくものであって、憲法違反ではありません。
ただし、ほとんどの国の憲法に緊急事態条項が制定されていることを考えれば、当然日本国憲法にも緊急事態条項があってしかるべきです。まずは緊急事態基本法の制定に取り組み、さらに憲法改正が現実のものになれば、そのときはぜひとも緊急事態条項を憲法に組み込むべきです。
A4:現在世界では、ほとんどの国の憲法に緊急事態条項が盛り込まれており、それに基づく各種法律が制定されています。特に先進国においては日本だけがこうした法律が制定されていない状況です。
特にドイツは、日本と同様に第二次大戦の敗戦国であり、国民や諸外国がナチス支配の再来を恐れたため、国家緊急権の制定に対しては強い抵抗がありました。それでもドイツ議会は、これが独立国家には必ず必要な内容であるとして議論を繰り返しました。そして1968年、ついに憲法の第17次改正で国家緊急権を盛り込むことになりました。
ドイツ憲法では国家緊急権を発動する要件について、自然災害など国内の要件による「内的緊急事態」と、外国からの攻撃などによる「外的緊急事態」に分類しています。「外的緊急事態」に関しては、緊急度の内容に応じて四つの事態を分類し、それぞれの事態における首相の権限、私権の制限、国民の協力義務の程度などが定められています。さらに、もし戦争の被害などによって議会の招集が不可能になれば、あらかじめ選ばれている16名の議員による合同委員会が立ち上がり、迅速な対応を行うことができるようになっています。
緊急事態に備える体制を準備することは独立国家として当然のことです。日本も早くこうした体制を整えるべきです。
A5:日本の法律には、違法性阻却(そきゃく)事由(じゆう)というものがあります。これは、通常は法律上違法とされる行為について、その違法性を否定する事由をいいます。
少し難しい説明かもしれませんが、たとえば正当防衛と言えば皆さんも聞いたことがあるでしょう。一般的には人を傷つける行為は違法行為ですが、それが「急迫不正の侵害に対して、自己または第三者の権利を守るために行った行為」であれば違法とはなりません。これが正当防衛です。
ですから緊急事態基本法では、国家のより大きな利益が保護される場合には、私権の制限などが特別に許されるか、もしくは免責されるという「違法性の阻却」として規定されるのです。
国際法では「緊急事態」という概念は個別的・集団的自衛権に該当します。
たとえば、武力攻撃に対する武力による抵抗行為がこれにあたります。本来ならば武力攻撃は違法ですが、特別の場合「武力攻撃」に違法性が阻却されるということなのです。ですから国際法的にみれば、緊急事態とは次のように定義することができます。
「緊急事態とは、憲法で規定されている通常の手段によってではなく、憲法に規定されてはいるが、例外的な手段によって克服され得る、国家の存立もしくは安全及び秩序に対する本格的な危険状態である。」
つまり、緊急事態基本法は、日本の法律に対しても、また国際法に対しても、違法性をもったものではないのです。